2012年度センター試験現代文第2問「たま虫を見る」の解説をしまーす。

第2問。井伏鱒二「たま虫を見る」からの出題。

全体概観

全体としてみると、やはり明示的な形で本文に書かれているかどうか微妙な部分もあり、問2、問3、問6の2つめの正答などが少し選びにくい印象もあるために、少し迷う出題になっているように思いました。

設問別解説

さっそく設問ごとに見ていきましょう。
問1
例年通り語句の辞書的な意味を問う出題です。いずれも容易に選べるものばかりでした。

問2
「私はもとの悲しさに戻って泣くことを続けたのである」という傍線部に書かれた主人公の心情を選ぶ問題です。

この問題の第一のポイントは、「もとの悲しさ」というのが何であるかを押さえることです。兄の浅慮を嘲笑して「叔母さんに言いつけてやろう」と言った主人公に対し、兄は「言ったらなぐるぞ!」と言い、(おそらく主人公が叔母さんに言いつけていないのに)主人公を殴ります。主人公は、「木立の中に駆け込んで、このことは何うしても叔母に言いつけなくてはならないと考えながら大声に泣いた」とあります。これが「もとの悲しさ」です。

このことに対して、選択肢1は、「兄に殴られて木立の中に駆け込んだときの悔しさ」とし、選択肢2は、「抵抗もできずに兄から逃げ出したときの臆病さ」、選択肢3は「兄に歯向かうことのができなかった情けなさ」、選択肢4は「兄の粗暴な振る舞いに対する怒り」、選択肢5は「兄を正面から諭さなかったことを後悔し」としています。どれもそれなりに理解できる心情なので絞り込むのは難しいかもしれません。強いて言えば、「正面から諭さなかったことを後悔」というのが読み取れないという点でしょうか。

次に、「泣くことを続けた」ということの心情をどう記述するかです。そのために傍線部の直前にある「私はこの虫を兄にも見せてやろうと思ったが、兄の意地悪に気がついた。叔母は私が算術を怠けたといって叱るに違いなかった。誰にこの美しい虫を見せてよいかわからなかった。」とあることに注目する必要があるでしょう。これは、選択肢2にある「いつ見つかるかわからないという恐怖」ではありませんし、選択肢3にある「自分の切実な望みが兄や祖母によって妨げられることへの憤り」でもありません。選択肢4は「仕返ししようとしても叔母への告げ口しか思いつかない」とあり、それはそれで事実かもしれませんが、「たま虫を兄に見せるのをやめた」ということに対する説明としては弱すぎます。

選択肢5は、「自分の行動の意図が兄はもちろん叔母にも理解されないだろうという失望感」とあります。「自分の行動」が「たま虫を見せること」だとすれば概ねこうした心情は読み取れそうな感じです。しかし「自分の行動」の指すものは少し曖昧です。「正面から兄を諭さなかったこと」や「言いつけてやる」と言ったことや「木立の中に逃げ込んだこと」かもしれません。選択肢1に戻ると、「誰とも打ち解けられずに一人でやり過ごすしかない寂しさをかみしめている」というのは「誰にこの美しい虫を見せてよいかわからなかった」という記述と対応したものと読めるように思われます。選択肢5と比較すると前段、後段とも選択肢1の方が明確なので適切だと考えられます。
(とはいえ、この設問は本文に明示的な根拠があるのかといわれると少し微妙な感じです。)

問2
「私たちはお互に深い吐息をついたり、相手をとがめるような瞳をむけあったりしたのである。」という傍線部にいたるまでの二人のやり取りの説明を選ぶ問題です。まとめサイトでも話題になった主人公と恋人のやりとりです。レインコートの胸にとまった「たま虫」を叩き落としておまけに草履で踏み潰す恋人とそれに驚く主人公の掛け合いをどう読み解くかが問われています。

選択肢を検討してみましょう。

選択肢2にある「悲しい体験を思い出させるたま虫が恋人との密会時に現れたことにとまどい、過去の経験にとらわれている」という記述はさすがにありません。むしろ主人公は「たま虫」を叩き落されたことに驚いているので、できればそのまま美しい虫を見たかったわけで、過去の経験にとらわれているわけではないでしょう。これは外れます。
選択肢3にある「私は、肩においた手をたま虫を口実にして恋人に振り払われたと考えて、ショックを受けている」も本文にそうした記述はありません。むしろ主人公は「たま虫」に注意を向けているのですから適切とは言えないでしょう。これも外れます。

ここまでは簡単に外せるのですが、問題は残った選択肢1,4,5からどう正答を選ぶかです。主人公の気持ちとしては、選択肢1が「幼いときから好んでいるたま虫が邪険にされたことを悲しみ、恋人の優しさに疑いを抱いて発言している」としています。「幼いときから好んでいる」という表現は微妙ですし、「恋人の優しさ」を疑っているということが読み取れる発言は見当たらないように思われます。むしろ、主人公は「たま虫」を叩き落されたことに驚いて、なぜそんなことを恋人がしたのか疑問に思っているのでしょうから、選択肢1は微妙です。

その点でいくと選択肢5の「突然現れた美しいたま虫を無慈悲に扱われたことに驚き、恋人を責めるような発言をしている」は特に問題はないように思われます。
他方、選択肢4にある「幸福のシンボルとしてのたま虫が恋人との密会時に現れたので気持ちを高ぶらせ、それを恋人に伝えようとしている」というのは、ありえる話ですが、そこまで明示的に書いてあるのかといわれると微妙です。確かに本文冒頭に「たま虫」の色が「幸福のシンボル」と呼ばれていることが述べられていることや恋人が「お手紙をくれたら幸福だ」と言っていることもあるので、主人公の心情がこうしたものであったことは否定できないかもしれませんが。
というわけで主人公の心情を説明した前段でいうと、選択肢5が本命、選択肢4もありえる感じで、選択肢1はやや微妙という雰囲気になっているというところでしょうか。

今度は後段を検討する必要があります。それは、たま虫を叩き落し、ひいては踏み潰してしまった恋人の心情をどう理解するかということになります。
選択肢1は「自分よりもたま虫を大切に扱うかのような私の態度に驚き悲しんでおり」としています。選択肢4は「私がいったん肩に手を置きながらたま虫に気を取られたことに傷ついており」としています。選択肢5は「大切な二人の時間を邪魔したたま虫をはじき落としたのに相手が理解してくれないと思い」としています。どれも甲乙つけがたいように見えます。

ここで恋人の最後の発言「だってあなたの胸のところに虫がついていたんですもの」をどう理解するかが第三のポイントになります。主人公が肩に手をかけたのだから、そのあと二人は熱い抱擁を交わすのですね。恋人もその気になっていたわけです。と、そのとき相手の胸に虫がついていた。だから叩き落したわけです。とすると、恋人は「大切な二人の時間を邪魔された」と感じたという選択肢5はかなり有力です。この発言はかなり決め手になる発言だということになるのでしょう。もちろん主人公は恋人の肩に手をかけたにもかかわらず自分の胸の「たま虫」に気を取られたわけですから恋人が憤慨するのも当然で、選択肢4もありえるとは思います。「自分よりたま虫を大切に扱う」という選択肢1は少し踏み込みすぎに見えます。

3つの選択肢の結びは次のようになっています。選択肢1は「互いに不信感を持ち、うらめしいような気持ちになっている。」選択肢4は「互いに言葉が通じないことに苛立つ気持ちになっている。」選択肢5は「互いに落胆し、非難するような気持ちになっている。」この3つを比較してみると、「互いに深い吐息をついたり、相手をとがめるような瞳をむけあったり」という傍線部の記述をそのまま書いている選択肢5には瑕疵はありません。「不信」という選択肢1は少し踏み込みすぎですし、「言葉が通じないことに苛立つ」という選択肢4も少し踏み込みすぎだと思います。「言葉が通じない」はともかく、「苛立ち」は少し違う感じです。

以上のことをまとめるとやはり問題ないのは選択肢5ということなってこれが正答です。私は選択肢4もかなり微妙だと移りますが、選択肢5にほとんど問題がないのでこれを外すことはできないと考えるしかありません。

問3
「硝子にうつる私の顔が、泣き顔に見えた」という傍線部の理由を選ぶ設問です。

主人公の代わりに牛込署へ出頭してくれた友人が、エハガキ屋の前で顔をしかめている主人公の写真を見せられ、その写真には「危険思想を抱懐せるものの疑いあり」と書かれています。そこで主人公はエハガキ屋の前にいっていったいどういうときに取られた写真なのか確かめようとするのですね。エハガキ屋の飾り看板に裸体画や活動女優の写真があったわけで主人公はどうして写真に書き込みがされていたのか理解するわけです。そして目の前に「たま虫」を発見するのです。

というわけで、選択肢3にある「たま虫を捕まえようとしていたために警察に誤解されたのだと気がついた」は誤りですから外れます。主人公はたま虫を捕まえようと手を伸ばしかけるのですができません。それはまた写真にとられて誤解させることを恐れているからです。
ということは選択肢4にある「警察に疑われている立場を忘れて、突然現れたたま虫の美しさに心を奪われ、ながいあいだたま虫を眺めている自分にふがいなさを感じている」は誤りで外せます

残っている選択肢は1,2,5です。
選択肢2にある「たま虫を捕まえたいという長年の希望をかなえられない自分」という部分、特に「長年の希望」というのは少し違うように思われます。前半の「貧乏で社会的にも不安定な立場にあるとの理由で警察に疑いをかけられてしまう可能性があるため」もおかしいでしょう。既にその理由で警察に疑われているのですから。これで選択肢2も外せそうです。

選択肢1と選択肢5を見ると、前段は「警察に疑われたことを意識するあまり」という趣旨が共通しており、ここは主人公の心情として適切です。後段が問題です。選択肢5にある「以前から好きだったたま虫を偶然に発見しても、その美しさを感じる余裕をもてない自分に寂しさを感じている」というのは適切ではありません。主人公は、見つけたたま虫を美しいと思っていて手を伸ばしたいと思っているわけですから、「美しさを感じる余裕」がないのではありません。また写真を撮られることが怖いのですから、選択肢1にある「たま虫を捕まえることをためらってしまう自分に情けなさを感じている」は適切だし、「警察に疑いをかけられてしまった自分の立場を意識するあまり」も適切だと言えるでしょう。
このことから正答は選択肢1となります。

問5
「私は人を押しのけはしないのだと心の中で思いながら、実は少しばかり人を押しのけながら割り込む必要を覚えた」という傍線部に書かれた主人公の考えの説明を選ぶ問題です。
主人公は校正が下手だと頭を殴られても反抗しませんでした。それを受けての話です。

「押しのける」の説明として、選択肢2にある「自分の態度をわずかながら変化させることで、周囲とのより良い関係を保てるという可能性」や選択肢5にある「人々と共に生きるためには相手の気持ちに配慮しつつ」は適切ではありませんから外せます。また選択肢4にあるような「他人の言葉の裏には自分を支配したい欲求もあるのだから、時にはそれをはねのけた方がよい」というのは、「押しのける」の意味としては妥当性があっても、本文の流れにはあっていません。「自分を支配したい欲求」というのが強すぎます。
他方、選択肢1は幸せの見つけ方について述べていますが、このエピソードで「幸福」について読み取るのには無理があると思われます。
選択肢3の「社会の中で生きていくためには、自分の立場も守らなければならないことに気づきはじめている」とか「弱い人間だと知っているので、反抗せずに負けて不愉快な状況になるのは仕方がないとあきらめ」というのが本文のエピソードと符合しています。これが正答です。

問6
この文章の表現の特徴を2つ選ぶ問題です。
選択肢1にある「まず語り手が出来事の概略を述べ」は明らかにおかしいので外せます。
選択肢4にある「みずみずしさを保っている私の生」は語感からしても内容からしても明らかに本文と合致しませんので外れます。
選択肢6では、「幸福についての私の考え方の変化」とありますが、主人公が「今度たま虫を見ることがあるとすれば、それはどんな時だろう─私の不幸の濃度を一ぴきずつの昆虫が計ってみせてくれる。」というのは、 「幸福についての考え方の変化」というよりは、今までの自分とたま虫のかかわりを回想しながら、将来またたま虫に出会うときのことを考えているのでしょう。考え方の変化まで読み取ることはできそうにありません。
選択肢2は文句のつけようがありませんから正答です。
問題は選択肢3の「たま虫に自分自身の境遇を投影する私の心境が効果的に描き出されている」という記述の是非ですが、これは少し微妙かもしれませんが、「私の不幸の濃度を一ぴきずつの昆虫が計ってみせてくれる。」という文章や 選択肢4が死んだように生きている私とたま虫を対比しているのに対し選択肢3は私の生をたま虫に重ねているとしている点に着目すると、選びやすくなると思われます。
正答は選択肢2と選択肢3となりました。