四角いアタマは丸くなるか? (その1)─ベルグマンの法則&アレンの法則─

東京に出張したとき、日能研の名物広告「シカクいアタマをマルくする」で次のようなものを見た。正式な画像はこちら。

問1.1辺が1の立方体の体積は1。表面積は6だから体積の6倍。1辺の長さを2倍にすると、体積は8倍で8。表面積は4倍で24だから体積の3倍。さて、1辺の長さを3倍にすると、表面積は体積の何倍になるか?
問2. 寒い北極圏から暖かい赤道までの北半球でくらす動物にとって、問1の規則は、からだの特徴を決める上でとても大切な意味を持っています。その特徴を15字以内で説明しなさい

問1は簡単で体積は27倍で27。表面積は9倍で54。従って、表面積は体積の2倍となる。(一般に1辺をn倍にすると、体積はn3倍でn3。表面積はn2倍で6n2。つまり表面積は体積の6/n倍。)
まぁ、表面積[cm^2]と体積[cm^3]を何とか倍で比較するのはちょっとおかしくて、せめて比とか言って欲しいんだけど、小学生が相手だからそこはよしとしよう。それに、これは理科の問題なのかどうか、ということもひとまず見逃そう。

さて、問題は問2。これを見たとき、僕はある知っている知識からネタがわかった。しかしどうも「北半球でくらす」という誘導がよくわからなかった。これは問題に答える上で考慮すべき条件なのだろうか。
問1で言っていることのポイント、つまり「問1の規則」とは、体積:表面積の比はn:6であるということ、定性的に言えば、体積が大きければ大きいほど、体積と表面積の比は大きくなる、即ち体積に対する表面積の割合(表面積/体積の値)は小さくなるということだ。これが動物の「からだの特徴」とどう関わるかを考える必要がある。結論はこうだ。
暖かい地域では、体内で発生した熱を逃がすためになるべく体積に対する表面積の割合を大きくとろうとし、逆に寒冷地では、熱を逃がさないために体積に対する表面積の割合を小さくしようとする。従って、暖かい地域では小型の動物が、寒冷地では大型の動物が多く見られる(であろう)。あれ、15字では到底収まらない。

というわけでたまたま乗っていた東横線の電車の中で、15字にするにはどうすればいいんだろうと首を捻っていた。
まず小学生相手なので推論の根拠は示さず、結論だけ述べればいいんだろう。「熱を逃がす/逃がさないため」という根拠は不要なのだろう。(ある意味、嘆かわしいのかも。)
あえて強引にまとめると、
寒いと大型、暖かいと小型。」(13字)
うーん。なんか酷い答だが、電車の中ではこれ以上うまい答がかけなかった。

さて、この法則性は「ベルグマンの法則」と呼ばれている。wikipediaに簡潔な説明があるので引用してみよう。

恒温動物においては、同じ種でも寒冷な地域に生息するものほど体重が大きく、近縁な種間では大型の種ほど寒冷な地域に生息する。


例えば恒温動物であるということは重要で、変温動物では逆の現象もあるようだ。
また「同じ種」で比べるということも法則性を記述する上では重要なポイントだろう。ウサギとクマをくらべても仕方がないのだ。


他方、後に発表された「アレンの法則」という類似の法則もある。

恒温動物において、同じ種の個体、あるいは近縁のものでは、寒冷な地域に生息するものほど、耳、吻、首、足、尾などの突出部が短くなる。

要するにどちらの法則とも、暖かい地域では体積を小さくして表面積を大きく、寒い地域では体積を大きくして表面積を小さくしたほうがいいよってことだ。
体積を固定すると表面積が最小になるのは球の場合だから、同じ体重でも身長の大きな人より、太った人の方が保温効果があるってことですな。

ここまで見てきても「北半球でくらす」という条件は特に設問に答える上では必要ないようだ。
ベルグマン自身が北半球で調査を行ったのかもしれないし、南半球は海が多く陸地が少ないので同一種が連続的に分布しているような調査対象が選びにくかったのかもしれない。
ちょっと問題の誘導がミスリーディングだと思うのだ。

閑話休題

ではお待ちかねの日能研の解答。

体が大きいほど熱がにげにくい。(15字)

???これは、はたして「からだの特徴」なのだろうか。「からだの特徴」って言ったら、大型/小型とか突出部が長い/短いといった外見的なものを指すんじゃないだろうか。
「表面積/体積の値が大きい/小さい」→「体積が大きいほど熱が逃げにくい」→「寒冷地ほど大型、温暖地ほど小型」
という流れの最後(同一種間でも住む地域によって大型/小型の傾向があること)までいかない答でありなのかとちょっと落胆したのでありました。

さて、《出題校にインタビュー》を見ると

「これでいいだろうと○をつけたのは4割弱だった」

とのこと。果たしてどういう解答が出て、何を○にしたのかとか、そもそも学校側が用意していた模範解答が何かということが気になるわけです。
15字では、到底上の議論のすべてを盛り込むことは不可能だと思われるわけで、何かを削った模範解答だったはずです。
僕としては、
「体積が大きいほど熱が逃げにくいので、同一種間でも、寒い地域ほど大型化する。」(37字)
くらいは許容できるように「40字以内」くらいにするか、あるいは選択式にするべきなんじゃないかと思うんですが。

さらに次のようなコメントも。

ちなみにこの問題のオリジナリティなんですけれども、これは中等科第二分野の自然の単元に出てくる生物の特徴の中の一つで、いわゆるベルクマンの規則、アレンの規則と言われるものなんです。私が中学生、高校生の頃はベルクマン・アレンの法則といわれていたのですが、それほどのものではないということで今はベルクマンの規則と言われているんです。

それはなぜかというと種が異なるからで、種が異なれば遺伝子DNAの組成、プログラムは変わってきますから、正確な比較はできないわけです。全体としてこういう傾向があるんだよということであって。このことが学問的にいって事実かどうかということは?マークがつくところなのです。

ただ、発想としてはわりとストレートに、他の誤差もなく、ここへ導き出されてくることなので、この問題をどうするかを検討した結果、そのまま出題することにいたしました。図版はすべてオリジナルです。当然小学校の教科書には出てこない話ですから、その意味ではオフサイドなんですけれども。

なんだかこの先生「ベルグマンの法則」と「アレンの法則」というのをきちんと区別できているのか怪しい感じがしてきます。
それに、これらの法則は、「恒温動物」における「同一種間」での比較ですから、「種が異なれば遺伝子DNAの組成、プログラムは変わってきますから、正確な比較はできない」ということだけで「学問的にいって事実かどうかということは?マークがつくところ」と断定してしまうのはちょっと言いすぎだと思われます。ウサギとクマを比べてるんじゃないんだってば!



(余談)出題校へのインタビューでも、担当の先生が
私の少年時代は野山を駆けまわる、いわゆる「虫きち」でありまして、その虫採りを通じて自然環境の問題に対しても大変興味をもっておりました。」
とか、出題意図にも、
「文字から得られる知識だけでなく、体験を通して感じ取ったことがものごとを考えるうえで幅を広げると考えている」
といった話がでてきます。
これはいろいろ議論があることなのかもしれないけれど、体験したことを法則化する営みということが自然科学の基礎であって、法則化するという目線のない体験だけを積み重ねても自然科学は理解できないと思うわけです。
確かにベルグマン・アレンの法則って、数理的には当たり前という感じもする一方で、多様な生き物がみなそういう法則に従っているわけではなさそうにも見える。しかし、寒冷地から温暖地までを観察した体験を法則性に結び付けている、そのことに価値があると思うわけです。だからこそ、「体積が大きいほど熱が逃げにくい」という記述で終わらせてしまうことに疑問があるわけです。

ベルグマンやアレンは実際の生き物を観察して、一定の傾向を見出した。そしてその根拠が表面積/体積の値の大小に関係しているとにらんだ。こうして法則性が根拠付けられたわけで、そのどちらも押さえる出題にしなきゃ意味がない。体験することを強調しすぎるあまり、法則化しそれを根拠付けることが相対的に軽視されてしまっているんではないかと思うわけです。

例えば、wikipediaの例にあるように、マレーグマ、ツキノワグマ、ヒグマ、ホッキョクグマの体長を示して、生息地と体長の間にどうのような関係があるかを述べさせ、その理由を問1に基づいて説明させるという方がずっと丁寧だったのではないかと思うのです。